【古雅楽館】 PNG Ⅰ

 

最早旧聞になるが、昨年初夏パリの『ケ・ブランリ美術館』で『ピカソ・プリミティフ』と題した展覧会が開催された。

 

(20世紀)美術が好きな方ならご存知の様に、近代絵画の巨匠ピカソは時代と共に作風が目まぐるしく変わり、作品はそれぞれ『・・の時代』としてカテゴライズされている。その中で1907年から翌年にかけての『アフリカ彫刻の時代』はわずか一年ではあったが、『キュビズム』の魁(さきがけ)として有名な『アビニョンの娘たち』を制作した時期として重要である。「自然界への畏怖(いふ)と崇拝、それを克服する力への願望をフォルムと色彩で具現化した」アフリカ彫刻を目の当たりにして彼の芸術は新たなる地平が開け、「自分の道を見つけた」とピカソは後に語っている。またピカソは作風が次々と変化しても『プリミティブアート3』への関心は失われず、晩年に至るまで、アフリカやオセアニア、南太平洋のマスクや彫像等を集め、アトリエや別荘に飾っていたことが、展示された写真でつまびらかにされている。

 

 

 

以下の写真含め順序がまちまちだが、写真サイズの関係でご勘弁を。【写真上左】『ケ・ブランリ美術館』外観。エッフェル塔が目の前に聳(そび)える。【写真上右】喫茶コーナーの『ル・カフェ・ブランリ』。天気の良い日はテラスがお勧め。

 

この展覧会は芸術活動のみならず、私生活にまで深い影響を与えた「ピカソと非西洋原始美術」の関わり合いを、様々な観点から考察できるよう工夫が凝らされており、是非とも鑑賞したかったのだが、時間や(何よりも)予算の関係で夢はかなわずに終わってしまった。それでもこれから先、パリ再訪が可能となったら『ケ・ブランリ美術館』は絶対外せない。と言うのは古雅楽館現役時代、この美術館はまだ構想段階であり、その時点でさえ建設をめぐって論争の的であった。詳しくは省略するが、何とかオープンしたのは2006年だから、古雅楽館には未体験ゾーンなのだ。それに最上階にあるオールガラス張りのレストラン『レゾンブル』は、パリ市街や間近に迫るエッフェル塔を眺めながら食事を楽しめるのも魅力的だ。

 

 

 

【写真上左】館内の設計は、正面からしか見られなかった従来の展示方法とは一線を画するレイアウトで、作品を横や背後から鑑賞できるよう配慮されている。左の木像は南太平洋「バヌアツ」のもので、村の入り口に置かれ悪霊が村へ入って来るのを防ぐ「守護神」。【写真上右】『レストラン・レゾンブル』店内。ご覧のように天井もガラス張りで、夜は金色に輝くエッフェル塔のイルミネーションを堪能できる。ワインも含めると一人100€は下らないディナーも、ゴージャスな気分を味わえるとなれば、パリの素敵な思い出になること間違いなし。

 

『ケ・ブランリ美術館』の特徴は「非西洋文化圏」の古代から現代に至る固有の文化遺産を、映像や音楽も含め紹介・展示するもので、エントランスからオセアニア・アジア・アフリカ・南北アメリカの順に展示室が分かれ、コレクションは合計30万点に及ぶという。その中でも古雅楽館が一番注目するのはオセアニアで、『アボリジニ』や『ポリネシア・ミクロネシア』もそうだが、とりわけ『メラネシア』それも『パプアニューギニア(以後PNG)』の美術・民具が最も興味深い。

 

 

【写真上】PNGの木彫群。バヌアツと同じく、村の守護神で大型のものは美術館所蔵ならでは。

 

何故PNG美術に惹かれるのか自分でもよく分からないが、「はるか昔、古雅楽館の何百世代も前の祖先が南の島からやって来て、そのDNAが遠い忘れ去られた記憶を呼び戻しているのだ」ということにしている。その理由は、何の前触れも無く初めてPNG美術に接した時の奇妙な体験と、「初対面」というよりも離別した親族と再会を果たしたような、懐かしい気持。それらが醸(かも)し出す「オーラ」が、古雅楽館の感性と不思議なまでに「同調」し、幻聴(げんちょう)であっても何がしか自分に語りかけているように思えるから。

 

古雅楽館は霊能者ではないが、この奇妙な出来事はPNG作品と初めて出会って以来、その後「時と場所」が変わっても同じような体験をしている。また逆に国内の某所で見かけた商品には何のシグナルも感じない10

 

 

 

【写真上左】古雅楽館には例によって専門の「教科書」もある。左はフランスから出版されたスカラシリーズの一つ、『オセアニアの美術(L’art océanien)』。右は埼玉県鶴ヶ島教育委員会が所蔵していた、膨大なPNGコレクションの紹介で、詳細な記述は極めて示唆に富んでいる。1,089点にも及ぶコレクションは2010年、早稲田大学(会津八一記念博物館)に寄贈された。【写真上右】内容の一部。骸骨を表現した悪霊除けの「壁掛け像」。

 

初めての体験は今を去る30年以上も昔、ハワイ添乗の時だった。ホノルル(ワイキキ)滞在最終日、早朝から立て続けに出発するオプショナルツアー参加のお客様を見送ってから、ホノルル支店でツアーの精算と翌朝のスケジュール確認を行い、通り向かいの『ロイヤル・ハワイアン・センター』でランチを取った帰りである。その頃になるとハワイの添乗も10回近くを数えたが、いつもツアーデスクに貼り付いた状態で、たまに外に出るのは食事の時だけ。これまでセンターの内部をきちんと見た事がなかったのに気づいた。ホテルのツアーデスクへ戻るまで、まだ多少の時間があったのと、ワイキキ最後の晩、お客様は全員お土産買いに走るので、ショッピングのアドバイスを聞かれてもそれなりに答えられるよう、センター内を下検分した。

 

『ロイヤル・ハワイアン・センター11』は、元々『ロイヤル・ハワイアン・ホテル』付属のショッピングモール的な役割で建てられたが、ワイキキの中央という抜群の立地条件が観光客の人気を呼び、オープンして数年しか経っていないのに、もうワイキキのランドマークとして有名になっていた。館内の構成は今と同じ、フードコートとファッション、お土産店やレンタカーオフィスが主体だが、有名ブランド直営店は今程進出していなかったと思う。

 

 

 

【写真上二点】古雅楽館リビングルーム片隅におわす神像。いずれも家具の陰に隠れてひっそりと佇んでいるのが似合う。詳しくは次号で紹介。

 

センターは大きく分けて三つの棟からなっており、順繰りに探検して真中の棟だったか、二階の回廊を歩いているうち、感じました「呼び声」が・・・。どうやらその声は吹き抜けの中庭に面した反対側の土産物屋から聞こえるような気がする。行ってみると外見は普通のお土産屋だが、店内は意外と奥行きがあり、様々なグッズに遮(さえぎ)られながらも、奥の壁際にこれまで見たことのないモノが見え隠れする。自分でも気づかない内にそちらへ向かったが、この時の動作は正に「招き寄せられた」というコトバがぴったりで、無意識の行動だったのではないか。

 

ありましたねえ、壁とその下のテーブルに異形(いぎょう)の神々が。一見稚拙(ちせつ)ながら、どれもがかなりのスキルをもった作り手の作品であることは、細部を見れば明らかだ。「透かし彫り」の手法も含め立体的な造形はとても見事で、精神的な深みさえ感じさせる。いずれも魅力的な作品ばかりだが、「私に語りかけたのはどれだろう」と一つ一つ確認している様子は、明らかに「買い」の行動と映ったらしく、店員のリーダーらしきお姉さんが話しかけてきた。「これは全てPNGのもので、観光用に作ったお土産品ではないの。契約しているバイヤーが直接現地で交渉して仕入れたものばかり。だから高いけど値打ちのあるものなのよ。」

 

もっと詳しく聞こうと思ったが、ホテルに戻る時間が差し迫って来たので、「後でまた来る」旨伝えたら、向こうも事情を察したらしく、「私はそれ以上のことは知らないから、マネージャーに直接尋ねたらいいわ。夕方から店に出るので、話をするだけでもきっと喜ぶと思う。だって本人は説明したくても、誰もPNGのことなど興味がないから、話し相手がいないの。アナタもその方がいいでしょう?私から伝えておくわね。」

 

どうやら自ら罠(わな)に嵌(はま)ってしまったらしい。

 

《この項続く》

 

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1.Musée du  quai Branly 2006年6月、パリ・セーヌ川の畔に開館した。非西洋文化の収蔵品は質・量共にヨーロッパでは最大規模を誇り、常設展示でも3,600点を超える。ガラスを多用しカラフルなキュービック(立方体)と組み合わせた美術館の設計は、電通本社ビルも手掛けたフランスの建築家、『ジャン・ヌーベル』によるもので、建築技術面からの見学者も多いとか。一般展示の見学はルーブルやオルセーなども共通して利用できる『パリミュージアムパス』が絶対お得。

 

2.バルセロナの『アビニョ通り』にあった売春宿の娼婦を描いたもので、写実的な絵画技法を否定し、異なる角度から見えるモデルの姿や顔を画面に再構成する『キュビスム』の原点として、絵画史上極めて重要。旧来の伝統的絵画を完全に無視した画法は、発表当時大変なセンセーションを巻き起こし、ピカソの友人でさえ(例えばアンリ・マチス)拒否感を示した。現在は「ニューヨーク近代美術館<MoMA>」が所蔵。

 

 

 

3.「原始美術」・「未開美術」と」呼ばれていたが定義が曖昧(あいまい)で、差別的なニュアンスもあるため、最近では原語そのままの使い方が定着している。狭義には「アニミズム」に根差す精霊信仰の対象となる「彫像」や「仮面」、建築装飾、衣装、生活道具などが、「芸術作品」として昇華した物を指す。日本では「=アフリカ美術」と解釈され商業的にも主流だが、実際は世界あらゆる地域が対象である。

 

4.Restaurant Les Ombres 360度パリのパノラマとエッフェル塔が一望できる、総ガラス張りのレストラン。ランチとディナーが楽しめるが、やはり目玉は「夜」だろう。ランチ42€、ディナー71€のセットメニューの他、アラカルトもあり(ディナーは合計すると多分90€前後)、要予約(ディナーは19時と21時30分の2ステージ)。他に一階の中庭に面してカフェ『ル・カフェ・ブランリ( le  Cafê Branly)』もあり、こちらはスィーツとティーのセットで10€と手頃。

 

5.オーストラリア大陸・タスマニア島の先住民。旧大陸と隔絶された世界だったため、原始的な文明が近世まで持続し、独自の文化を生み出した。ヨーロッパ人がオーストラリアを発見、入植してからは伝染病や流刑囚による虐殺その後の強制移住等、徹底的な人種差別政策で人口が1/10以下にまで激減した。人権が認められたのは実に1967年になってからである。1993年先住権が認証されると共に、文化の保存策がとられるようになり、聖地『ウルル』(旧エアーズロック)も来年の秋(2019年10月26日)から観光客の登山は禁止されることになった。

 

6.太平洋中央部、北はミッドウェー・ハワイ諸島から南西部のニュージーランド、東部のイースター島を結んだ三角形の地域。幾何学模様の木彫が特長で、マオリの神像や浮彫がポピュラー。

 

7.太平洋中央北西部、マリアナ諸島・パラオ・キリバスを含む地域。幾つかの島では巨石文明の遺跡か残存している。美術面では木彫工芸に特徴があり、パラオの象嵌(そうがん)細工『ディルカイ』、カロリン諸島の仮面『タプアヌ』が知られる。

 

8.南太平洋西部、PNG、ソロモン諸島、フィジー、バヌアツ、ニューカレドニアを含む地域。美術工芸の詳細は本文参照。

 

9.これに似た体験が実はもう一つある。(タイの)チェンマイに滞在した時、少数民族のアンティークを扱う店で出会った『ヤオ族』の『道士像』と出会った時がそうだ。『ヤオ族』は中国南部から東南アジア北部に住む「山岳民族」で、タイでは唯一漢語を解し道教を信仰する。経緯はこのブログを閉じる『最終章』で書く。

 

10.「何も感じない」のはそれが観光土産用の「土産品」だからと思う。近年プリミティブアートの芸術性が一般にも認識されてコレクションや投機の対象となり、主だった作品は礼拝堂など公の施設にあるもの以外、バイヤーに買い漁られて世界中すべての地域からほぼ根絶した。今現地で売っている物は観光客受けを狙ってデフォルメした新品か複製品(リプロダクション)ばかりだから、精神性を感じさせるものは微塵(みじん)もない。

 

11.オープンしたのは1980年、何回かのリノベーションを経て、現在の店内延べ面積は28,830㎡(93,000坪)、110もの店舗とレストランを擁するハワイでも有数のショッピングモール。ワイキキのホテルにに滞在する観光客なら必ず立ち寄る場所である。古雅楽館の記憶ではセンターが建設される前、工事現場にあるようなプレハブ(軽量鉄骨?)の細長い二階のオフィス長屋が建っており、周囲の華やかさとは場違いな雰囲気だった。

 

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【トップ写真】今年も彼岸花の季節がやって来た。4年前の《アケビ》でもトップ写真に載せたが、それなりに増えて今年は花も大きい。開花期間が短すぎるのはどうにかならないものか。

 

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